みやしろ町から

大学生が「日本のこれから」を考えるブログ

文学と芸術の街「金沢」へ(三)

金沢でのゼミ合宿の記録。今回は、金沢が文学と芸術の街となった原点を探る。北陸地方を中心とする日本海側の地域は、かつて「裏日本」と呼ばれ、マイナスなイメージが持たれていた。ただもう少し過去に溯れば、江戸時代には北前船の寄港地として栄え、新潟や石川が人口日本一となったこともあったのだ。(※掲載写真はいずれも私が撮影したものである。)

 

泉鏡花記念館

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泉鏡花は、「金色夜叉」などの作品を遺した小説家尾崎紅葉の門下で作家デビューを果たしてから、生涯で300以上の作品を執筆している。当館は、日本近代ロマン主義(浪漫主義)を代表する小説家・泉鏡花を顕彰するため、彼が幼少時代を過ごした旧新町界隈の生家跡地に開館された。彼が生涯残してきた作品世界は、様々な画人によっても表現され、その美しさから「鏡花本」とも称されている。主な作品には『高野聖』,『婦系図』などがあるが、そこで描かれる世界はまさに泉鏡花の人生そのものであった。

 

泉鏡花卯辰山

泉鏡花は子供のころ、母の勧めでうさぎの置物や玩具を集めていた。なぜうさぎなのかといえば、鏡花が酉年であったことに起因する。

十二の干支を時計回りに子・丑・寅・卯……の順に配置し、自分の干支から七つ目、つまり真向かいに当たる干支を「向かい干支」と呼んで、互いに引き合う相性とする風習は、日本に古くから伝わっていたようだ。現在の金沢では、あまり聞かないものの、明治初期、江戸育ちの母・鈴が、わが子の未来に願いを託した「水晶の兎」は、のちの鏡花にとって、とりわけなつかしい母の形見であるばかりか、生涯のお守りであったことはいうまでもない。〔参考文献1 p37〕

その後、亡くなった鏡花の母は卯辰山の一角に埋葬された。「母」の在所として、鏡花の心の拠り所となった卯辰山に、卯の文字が入っているのは偶然だろうか。また、生家から見て卯辰山はちょうど東の方角に位置する。まさに向かい干支の位置そのままであることに、何か不思議な因縁を感じるのは私だけであろうか。

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浅野川大橋から天神橋・卯辰山方面を臨む。浅野川はかつて女川・女水と呼ばれ、一方で犀(さい)川は男川・男水と呼ばれてきた。明治後半に繁栄の中心が犀川方面に移るまで、蒔絵・友禅・彫金・能楽・芝居・茶屋文化が栄えていた。「滝の白糸」の舞台でもある。

 

金沢ふるさと偉人館

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維新後の金沢では金工が振るわず、能楽師も幕府の禄を離れ、生活は必ずしも豊かとはいえなかったようである。〔参考文献1 p66〕

明治維新は、金沢にとっても時代の転換点であった。これまでの文芸が力を失いつつあったことは犀川周辺に繁栄の中心が移った要因でもある。ただ、金沢では明治になってからも優れた人材を輩出し続けた。当館ではその中でも教育・文学・科学など様々な分野で功績を残した30人以上の人物について、彼らを顕彰するような展示を行なっている。

とりわけ政治家ではなく優れた文化人を多く輩出してきた背景には、雄藩として明治をつくった人々とは対照的な、精神的に穏やかな気質があるように思われる。また地理的に見ても、金沢は東京から遠い距離にあるため、当時の距離感覚を想像して考えたとしても、東京はかなり遠い場所であったに違いない。

明治になると、人々は太平洋側に集まるようになり、江戸時代のような繁栄を日本海側で見ることができなくなってきた。これにより、日本海側は太平洋側の「表日本」に対して「裏日本」と呼ばれるようになった。ちなみに「裏日本」という言葉は、侮辱的なイメージを持つこともあるので注意されたい。

町を貫く道は比較的狭く、幅が約3歩半〔※約3.6m〕。昔でいう二間幅で、江戸時代前半に造られた道です。金沢の歴史に詳しい案内人、木越さんによると、幕末期の金沢にはこの二間半の道が70%も残っていたそうで、二間幅の道をたどれば、金沢の繁栄の歴史が見えてくるといいます。〔参考文献3 p54~55〕

現在でも金沢には当時の面影を遺した場所が多く見られる。それは、これからもその空間的な雰囲気を留めたまま、後世に継承していくべき風景であろう。泉鏡花をはじめとする金沢出身の文学者が、「文学と芸術の街」という現在の金沢のイメージをつくることに大きく貢献したことは言うまでもない。金沢に実際に訪れることで、彼らの精神世界の原風景を体感することができるのは喜ばしいかぎりである。

 

つづく

 

過去の記事はこちら。↓

tymyh1123.hatenablog.com

 

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【参考文献】

  1. 泉鏡花記念館『鏡花-泉鏡花記念館-』(泉鏡花記念館・(公財)金沢文化振興財団、2017年)
  2. 秋山稔 ほか『もっと知りたい 金沢ふるさと偉人館-91人の偉人たち-』(公益財団法人 金沢文化振興財団 金沢ふるさと偉人館、2019年)
  3. NHKブラタモリ」制作班『ブラタモリ1 長崎 金沢 鎌倉』(角川書店、2016年)
ブラタモリ (1) 長崎 金沢 鎌倉

ブラタモリ (1) 長崎 金沢 鎌倉