みやしろ町から

大学生が「日本のこれから」を考えるブログ

BI(ベーシックインカム)は実現可能なのか

突然だが、皆さんはテレビドラマ『相棒』はご存じだろうか。最近『相棒season18』もスタートして盛り上がりを見せるが、私が印象に残っている話は相棒シーズン9の第8話「ボーダーライン」である。この話の中で被害者として登場する男性は、派遣切りにあった男性会社員であった。生活保護の申請を行おうとするもそれが叶わず、最後には自殺してしまったというのが真相であるが、この話は「派遣切り」が社会問題化する中で社会に大きなメッセージを与えた。この作品は後に「貧困ジャーナリズム大賞2011」を受賞することになる。

またそれに関連して、近年では相対的貧困が問題となっている。これは私たちが容易に想像できるような、食べ物すら満足に摂取することができない状況=「絶対的貧困」とは少し異なる。

相対的貧困とは、その国の文化水準、生活水準と比較して困窮した状態を指します。具体的には、世帯の所得が、その国の等価可処分所得の中央値の半分に満たない状態のことです。OECDの基準によると、相対的貧困の等価可処分所得は122万円以下、4人世帯で約250万円以下(2015年時点)です。〔参考4より引用〕

そのような状況を解決していくためには、国が大規模な予算を組み支援をしていくことが必要だ。ただ現行の制度では限界がある。しかも、厄介なことに社会格差は親の世代から子供の世代へと引き継がれることが多い。階級格差の固定化は、資本主義社会において国を問わず共通の問題なのだ。そして今回取り上げるのは、そうした問題を解決できるかもしれない新たな社会制度であり、それがBI(ベーシックインカムなのである。

実はBIの歴史は長く、その議論は1970年代のアメリカやイタリア、イギリスなどで既に始まっている。「家事労働に賃金を!」というスローガンから始まったこの議論は、現在では資本主義社会の社会的課題を解決するための手段として、活発に議論が進められており、最近ではフィンランドで実際に実証実験が行われた。ただ、日本ではなかなか議論が進んでいないのが現状である。それは日本特有の事情も影響していると思われる。今回はBI(ベーシックインカム)は日本社会において実現可能なのか考えていきたい。

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BIは多くの問題を解決する可能性がある

まずはベーシックインカム(BI)の特徴をみていこう。「ベーシック・インカム白書」(アイラアンド政府、2002年)が挙げているベーシックインカムの特徴は以下の通りである。(※以下の引用は一部を省略している。)

  1. 現物ではなく金銭で給付される。
  2. 定期的な支払いの形をとる。
  3. 国家または他の政治的共同体(地方自治体など)によって支払われる。
  4. 世帯や世帯主にではなく、個々人に支払われる。
  5. 資力調査なしに支払われる。
  6. 稼働能力調査なしに支払われる。〔参考1 p22〜23〕

つまり、ある一定期間に国民一人ひとりに対し、一定額を無条件に給付するのがBIなのである。また、ベーシックインカム(BI)によって多くの問題を解決することができると経済学者たちは予想している。それらは主に以下の5つである。

  1. 全員一律、無条件給付なので制度がシンプルで分かりやすい。(現行の社会保障制度・社会福祉制度は規定や分類、条件が複雑である。)
  2. 制度がシンプルなので、制度の運用にかかるコストが小さい。
  3. 担当官による恣意性と裁量が入らない。(行政側が水際作戦を行うような事態に陥らない。)
  4. 働くインセンティブが守られる。(現行の生活保護制度では手当を受けている人が働くことにより損をするケースが発生する。)
  5. 個人の尊厳を傷つけない。(現行では生活保護の申請者が精神的負い目を感じるケースが多い。)

以上に挙げたように、BIには数多くのメリットがあるのだ。ただし、BIを実現するためには多くの課題を乗り越えなければならない。つまり大きな制度改革が必要であり、国民の同意を得るためには、主に次の3点の問題について納得することができなければならない。

  1. 人は働かなくなるのか?という問題。新しい労働の価値観(「働かざる者食うべからず」からの脱却)を社会が受け入れることができるか。
  2. 予算をどう確保するのかという問題。大幅な増税を受け入れることができるか。
  3. 仕事と既得権に対する行政の執着。行政に携わる仕事に就いている人の仕事が奪われる可能性がある。

 今回は、主に2と3の課題について考えていきたい。なぜなら、BIを実現しようとした時に、この2点は必ず乗り越えなければならない課題になるからだ。

 

財源を創出するためには60%の国民負担率が必要になる?

財源がどの位必要になるかは、一人あたり月にどのくらいの支給を想定するかでその額は大きく変化する。

日本でBIを導入するためのモデルとしては、BIを最初に提唱したお一人である小沢修司氏と、立岩真也氏、齊藤拓氏の試算が参考になる。
小沢氏によると、日本のBIの水準は現行の国民年金の水準とほぼ同等程度の月額8万円が妥当であるとし、その場合の必要源資は約122兆6000億円となる。
ただし、この122兆6000億円がすべて追加的に必要になるわけではない。基礎的年金や生活保護手当てといった社会保障給付は、BIによって代替されるので不要になる。そうした費用を差し引いて計算すると、BI導入のための追加コストは58兆4000億円となる(計算式は立岩真也氏、齊藤拓氏による『ベーシックインカム』〈青土社〉より)。〔参考3より引用〕

この金額をまかなうためには、国民負担率(国民所得に占める税金と社会保険料が占める割合)が現行の40%を60%にする必要があるという。ただ、高福祉国家である欧米諸国には、国民負担率が60%を越える国も多いことから、決して非現実的な水準ではないのである。ただ、これだけの大金の使われ方が変わることは、電卓の計算上では可能であっても実際実現させていくためには漸次的に段階を踏んでいく必要があるだろう。

さらにこの試算では一人あたり月額8万円となっているが、それは働くことのできない高齢者、もしくは障がいを持つ者にも同じ額を給付することになる。BIの導入は基礎的年金の撤廃を意味するが、ここで問題になってくるのが果たして8万円で生活できるのか?という問題だ。パイは限られているわけなので、それをどう分配していくべきか。年齢・障がい問わず、同額給付が本当に公平なのかも議論していかなければならない。

 

日本はBIに不向きな国?

流通アナリストである山手剛人氏は、日本はBIに不向きな国であると指摘している。なお以下に氏のコメントの一部を抜粋させて頂くが、コメントの大意が変わらないように留意した。(※以下はいずれもNewsPicksのコメント欄から引用させて頂いた。)

〜前略〜

BI導入に積極的な国(スイス、フィンランド、カナダ)の危機意識は、「働かない(働けない)人が多く存在するがゆえに、その人たちの生活を支える社会保障(=公務員の数)まで嵩んでしまっている状況」への懸念です。
つまり、民間の就業者ではない人々(=失業者+公務員)が労働人口に占める比率が高く、社会が活性化されてないことが問題というわけです。

〜中略〜

BI導入に積極的な国は労働力人口の2〜3割が民間部門に参加していない。そりゃBIという劇薬投入でなんとかしようとするはずです。
これに対して、日本の①+②の数値はOECD加盟国で最低です。
これが日本でBI導入が財政的に難しい理由であると同時に、積極的に導入するメリットが乏しい理由。

〜後略〜

ここで氏の指摘する①とは失業率であり、②は公務員の数が労働力人口に占める比率である。また、行政に携わる仕事に就いている多くの人の仕事が奪われる可能性があることについて、氏は以下のようにも指摘している。

〜前略〜

日本の公共部門の雇用者数(公務員の数)が労働人口に占める比率は7〜8%と世界屈指の低水準です。
しかも、その3分の2程度は、教育、警察、消防、公衆衛生、自衛隊、裁判所など我々の文明社会の基幹部分に携わっている公務員であり、残りの効率化の対象となるような公務員は100万人、労働力人口の2%程度です。

この100万人をリストラすることで、1億2千万人の全国民が働かずに食えるユートピアが作れるという話はにわかには信じがたい。
また、効率よく一律で手当を分配するということは、疾病、介護、障害、貧困などのハンディキャップを複数同時に抱えている個人あるいは世帯に対しての死刑宣告も同然です。
要介護の独居老人だけでなく、貧困家庭の子どもが難病にかかっても即アウト。
私たちの暮らす日本社会は、こうした人々を切り捨てるという最後の手段に頼らなければ行政の腐敗を止められないほど荒廃してしまったのでしょうか。

繰り返しますが、我が国の公務員数が労働力人口に占める比率は7〜8%と先進国(平均的に15%〜20%)のなかで最低レベルです。
その背景には、米軍の傘の下という特殊な安全保障体制だけでなく、豊富な水資源、人口密度の高さ、国民の公共意識やモラルの高さ、犯罪率の低さ等に依拠するものであり、もっと私たちが誇ってよいものだと思います。

氏のコメントは私たちに重要な問題提起を投げかけているような気がする。ここまで成熟した社会の中で現行の制度を根本から変えてまで、日本社会にBIを導入する必要があるのかと。最近では社会教育や生涯学習の関心も高まっているし、観光を含めた地域活性化にも全国の自治体が力を入れている。むしろ人手が足りないかもしれない中で、本当に人員を削減できるのだろうか。同コメント欄では堀江貴文氏が独立行政法人の民営化を指摘されていたが、これも現実的なのだろうか。

 

人口減少社会になっていくからこそ

以上に挙げたような観点からも、BI導入に否定的な意見は多く見られる。ただ、これからの日本社会は確実に人口が減少していくという現実も受け止めなければならない。2050年頃には日本の人口が1億人を下回るかもしれない。そのような人口減少社会のなかで持続可能なシステムを構築するために、BIが一つの選択肢になるのは確実だろう。また、最近導入されたマイナンバー制度は、個々人に対し支給するBIの制度に活用されうるだろうし、システムの運用に必要な環境は整備されつつあるように感じる。

結論としては、BIは日本社会において実現可能なのかという問いについて、今のところは不可能であるとの結論を出さざるを得ない。歴史学科に所属する私がそれを例えるのならば、資本主義社会の中で共産主義の理想を語るような、そのようなイメージしか持つことができないのである。

 

【参考】

  1. 山本亮ベーシック・インカム入門』(光文社、2009年)
  2. 井上智洋『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社、2018年)
  3. NewsPicks「次世代の教養を身につける」波頭亮ベーシックインカムとは何か』全4回
  4. 公益財団法人チャンス・フォー・チルドレン〈https://cfc.or.jp/archives/column/2019/03/01/23762/
ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

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AI時代の新・ベーシックインカム論 (光文社新書)

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